先祖に感謝する農村の暮らし
  ―ご先祖さまへの感謝の心 お盆の行事と食―
(2006/08/15)


受け継がれる先祖の力
 JR京都線が大阪府の茨木市に近づくと、車窓からなだらかな山容の竜王山(560m)が西方に望めますが、この中腹に車作(くるまつくり)という美しい村があります。

 ここ車作は、山肌に沿って民家と農地が雛壇のように並んでいますが、川がなく、水のない集落でした。米がつくれず、御所車の車輪を造って京都へ納め、くらしを立てていたので、車作と呼ばれるようになったと言い伝えられています。

 ある時、畑中権内(はたなかごんない)という庄屋さんが「水が欲しい」という村人たちの積年の願いを領主に願い出て、牢に繋がれながらも命をかけて農民たちの願いを実現し、山の裏側を流れる音羽川という小さな川から、一升桝の大きさを通るだけの水を分けてもらえることになったそうです。

 村人たちは、陽が落ちてから松明を持って山に並び、向かいの山から指図する庄屋権内さんの指示に従って松明(たいまつ)の明かりで測量し、音羽川から集落までの水路を見事に完成させ、やっと米づくりができるようになったのです。一升桝の大きさの水取口を川の流れと直角に立てないで、川底に寝かせて取り付けた権内さんの智恵によって、渇水のときにもこの水路にはとうとうと水が流れ、車作の田畑を潤し続けてきました。

 今でもこの水路は権内水路(ごんないすいろ)と呼ばれて大切に守られ、毎年春には「権内祭(ごんないまつり)」が村人の手で行われます。 
 愛知用水や豊川用水のような大事業があちこちで行われ、偉大な先祖の業績が伝えられていますが、全国の小さな集落にもたくさんの権内さんがいて、今でも人々に慕われ敬われていることでしょう。

 先日、NHKのお昼の番組で、大阪府の最北部にある能勢(のせ)町の棚田の不思議が放映されていました。
 ここが大阪かと思われるような山間の里、能勢町の長谷(ながたに)集落は、三大薬草(センブリ、ゲンノショウコ、ドクダミ)が自生するところから名付けられたと言い伝えられる、三草山(みくさやま)の中腹から山裾に開かれた美しい集落です。
 全国の棚田百選にも選ばれた見事な棚田を見下ろす位置に農家が連なり、山里を代表するようなのどかな景観をつくっています。

 川もなく岩石が多いこの地では、縦に井戸を掘ることもままならず、人ひとりが座って何十mも掘り進み、横穴を掘って水脈を掘り当て、そこから水を引いて飲料水を得てきたのです。
 余った水は庭の池に溜められて庭木を育て、それが地中に吸い込まれて伏流水となり、土中の岩石の間を流れて棚田の側に横穴を掘って造られた石組(ガマ)に姿を表します。そして、棚田を上から順に潤し、長年米づくりを支えてきたのです。

 200年も前からの気の遠くなるようなご先祖たちの努力によって、水を確保し棚田を開いて生きてきた人々の子孫は、今もその恩恵を受けてくらしています。そして、農業を継ぐ若者がいなくなり年寄りばかりになってしまっても、この棚田や横穴を大切に守りたいと考えているのです。
 行政の協力も得て「棚田のオーナー」を募集し、稲づくりや野菜づくりを体験してもらい、豊かな自然と人々の工夫と不思議に満ちたこの地が、都市の人たちにも喜びを与え、共に新しい文化を育みつつあるというのです。
 
 このように、農村にくらす人たちにとっては、遠い昔のご先祖さまも、最近亡くなったおばあちゃんやおじいちゃんも、家族が幸せにくらすための土台を築き、仲良くくらす術を教えてくださった大切な存在です。また、森羅万象に宿って豊かな自然の恵みを与えてくださる神々と同じように、ご先祖さまも家内安全や豊作を祈る対象でもあるのです。
 だからこそ、お盆は農村に暮らす人たちにとって、手抜きのできない大切な行事なのです。


ご先祖さまを怠りなく供養するお盆
 お盆は先祖供養の仏事で、8月初めの墓掃除に始まって月末の地蔵盆まで続きます。

 8月初めの集落で決めた日に、村中そろって墓掃除をします。そして、7日は七日盆といってお盆の始まる日です。近所のおばあちゃんたちが誘い合って墓参りをします。これを七墓詣りといい、この日に、仏具を磨き仏壇の掃除をするところもあります。
 新仏があるところではこの日に、ないところでは13日に、仏壇の前に棚(盆棚)をつくっておまつりします。この棚の上には、ハスの葉に収穫したナス、キュウリ、スイカなどの野菜を山のように盛って供えます。まだ収穫するには早いサツマイモも、畝の横から試し掘りをしてお供えします。

 自分の家の準備ができたら、新仏のある家へ7日から12日の間にお供えを持ってお参りに行きます。そして、13日には仏壇に火を灯し、門口で迎え火を焚いて精霊(しょうらい)さんをお迎えします。道の辻やお墓まで迎えにいって、線香を上げてカネをたたきながら、仏を家まで導いて帰るところもあります。

 お迎えしたら「おちつきそうめん」をお供えします。「迎えだんご」や「おちつき餅」を供えるところもあります。この日から3日間、落ち着かれたご先祖さまを怠りなく接待するのが女性たちの役割です。

 大阪府の北部では、13日の夕食はあずきのお餅と白餅、14日の朝は白いご飯にめい(あらめ)と油揚げとナスの煮物、昼はあずきご飯にキュウリもみ、晩は白ご飯に夏野菜の炊き合わせ、15日の朝は白ご飯にゴボウ、ズイキイモと高野豆腐の煮物、昼は冷やしそうめん、そして、小昼(こびる)のおやつにしんこだんごや蒸かしたサツマイモ、晩は白ご飯にカボチャの煮物などをつくってお供えし、心をこめてお持てなしをします。

 16日の朝には、おはぎやだんごをつくり「みやげだんご」としてお供えし、供えてあった野菜や花といっしょに川へ流して精霊さんを送ります。


忙しい秋を前に、村中で楽しむ地蔵盆
 大阪では、お盆が過ぎると朝夕に涼風が立ち始め、秋・冬野菜の植えつけの準備が始まる頃です。

 忙しくなる秋を控え、少し涼しくなってきた8月23日と24日は地蔵盆です。子どもたちの守り本尊、お地蔵さんをおまつりする行事で、集落に何個所かあるお地蔵さんのお社の前に、各家から果物やお菓子などが供えられ、子どもたちの名前を墨書きした紅白の提灯が子どもの数だけ上げられて、暗い集落の中でそこだけが光に包まれます。浴衣を着せてもらった子どもたちの元気な声があふれます。
 お祈りが終わるとお下がりのお菓子などを分けてもらって家路につきます。子供たちの夏休みもそろそろ終わりが近づきます。

 お盆の行事とともに暑かった夏も終わり、秋・冬野菜の苗づくりが始まります。この頃には、農園の前の「ハナエチゼン」の田んぼはすでに収穫が終わり、隣の「コシヒカリ」も重さに堪えるように稲穂をたらし、黄金色に染まり始めるでしょう。

 小川の堤では、コスモスの花が風にゆれて赤トンボが飛び交います。季節のうつろいは早く、秋がついそこまできているようです。