《承前》
多世代の家族の中で育つ子どもたち
農家では、師走の30日に餅搗きをします。前日にはお母さんが、手をまっ赤にしながら餅米を洗って水に浸けこみます。縁側ではおばあちゃんがアズキを選って餡づくりの準備です。お父さんは倉から餅箱を出してきてきれいに洗って陽に干します。子どもたちも何だかそわそわしてみんなの様子を眺めています。
夜になるとおばあちゃんが餡を炊きます。おばあちゃんから「餡を混ぜて」と頼まれた子どもたちは、教えられたとおり大きめの木杓子で、鍋の底が焦げ付かないようにしっかり混ぜます。煮詰まってくると重くなり力がいります。ぐつぐつ煮えている餡がぼこっとはねて手に付いたときの熱いこと。思わず「熱い!」と大きな声を出して、その手を口に持っていきます。熱さを忘れて、手についた餡の甘さににっこりです。
翌日は朝早くから大忙し。臼と杵で餅搗きをする家は少なくなりましたが、餅搗き機を使う家でも、子どもが起き出す頃には餅米が蒸し上がるおいしそうな香りが家中に広がっています。次々に搗き上がる餅は、打ち粉の入った大きな飯切りに移され、おばあちゃんの手でお鏡餅になります。おばあちゃんの皺だらけの手は器用に動き、お仏壇用、神棚用、農機具に供えるお鏡餅が次々にできあがります。
「僕もやりたい」とせがんでも手伝わせてもらえません。お鏡餅は、新しい年の豊作と家内安全をお祈りするための大切なお供えですから、おばあちゃんの自慢の腕でつくらなければいけないのです。
全てのお鏡餅ができあがると「さあお前もつくってごらん。来年もしっかり勉強ができるように、自分の机にお供えするといいね」と小さなお鏡餅をつくらせてもらいます。見よう見まねで小さな手をくるくる回してつくったお鏡餅を見て、おばあちゃんは「まあまあかね」とにこにこ笑っています。
そのおばあちゃんも年を重ね、その役割はお母さんに移ります。おばあちゃんは、大きくなった孫たちに世話をかけるようになり、家族に大事にされながら人生を終わります。
このように農村の子どもたちは、多世代家族の暮らしの中で智恵と技を学び、暮らしを立てる能力を身に付けていきます。そして、家族それぞれの偉さや優しさにふれ、自分とは何かを何となく理解し、自分も大切な人間なんだという実感を持つことができるのではないでしょうか。
地域社会の中で育つ子どもたち
大阪北部の農村地域では、今でも11月の最初の亥(い)の日に「亥の子まつり」が行われているところがあります。
「亥の子まつり」は収穫を祝い、子どもたちの成長を祈るお祭りで、近畿地方の各地で行われてきた農村の行事です。
この日が近づくと、子どものいる家では新ワラを束ねて「つち」をつくります。この「つち」づくりはおじいちゃんからお父さんへと伝えられ、子どもたちも見よう見まねで少しずつ覚えていきます。
子どもたちは村の集会所に集まって、いのししの頭(かしら)づくりや祭りのだんどりをします。中学3年生のお兄ちゃんやお姉ちゃんがリーダーになって、何日かかけて立派な頭ができあがります。この間は、村中の子どもたちが集まるのでそのにぎやかなこと。
引っ込み思案の子どももいつの間にか仲間に入り、いたずら坊主はお姉ちゃんに叱られたりしながら、子どもたちの結びつきが強まっていきます。ときどき、お母さんやおばあちゃんがお菓子を差し入れてくれたり、先輩のお兄ちゃんが応援にきてくれます。
待ち遠しかった「亥の子まつり」の日になると、子どもたちは「つち」を持って集会所に集まり、夕方を待って出発します。
リーダーのお兄ちゃんが、大きな布を付けたいのししの頭をかぶって先頭を行き、その後に「つち」を持った子どもたちが続きます。各家の前にくると「亥の子のぼたもちもらいまっしょ……」と歌いながら、「つち」で地面をたたきます。子どもたちのくるのを待ち受けていた家々では、「きたきた」と家族みんなが門口に出て出迎え、用意しておいたお菓子や祝儀を渡します。子どもたちはさらに大きな声を張り上げて歌い、地面を「つち」でたたいて次の家へと進んでいきます。
どこの農村にも、豊作を願う行事や収穫を祝う祭りがあります。こうした村行事の中で、お兄ちゃんやお姉ちゃんのかっこ良さや大人の強さ、賢さを知り、「ぼくもあんなふうになりたい」とあこがれを持って育っていきます。そして、自分もみんなの仲間であることを確認し、自分の居場所を見付けることができるのです。
このように農村の暮らしの中には、子どもたちが育つために必要なものが根づき、今も生きています。
効率がよいこと、合理的であることが必要な場合もあるでしょう。また、競争して他人に勝つことが、子どもの幸せにつながるように思えるかもしれません。しかし、農村で営々と続けられてきた暮らしの中には、みんなで力を合わせながら、感性豊かで心身ともに元気な子どもたちを育てるための環境が生き続けているように思います。
わが家の孫たちも、農園と周りの自然にふれ合い、農園を通していろんな方々とかかわることで、少しでも感性豊かに元気に育ってほしいと願っています。